京都の日々

50代半ばを過ぎて京都に移住。その京都での日々を綴ります。

地蔵盆

f:id:days-in-kyoto:20200824084813j:plain

昼前に出かけようと外に出ると、普段は駐車場になっているところにムシロがひかれ、仏壇が置かれています。
地蔵盆です。

京都に越してきて初めての夏なので、今でも地蔵盆の風習が残り、行われていることに驚き、懐かしい気持ちになりました。
私は、学生時代に京都で暮らしていいましたが、そのとき初めて地蔵盆を見たのです。それ以来なので、今でも行われていることが分かり、なぜか嬉しくなりました。

おじいちゃんが一人座って、人が集まるのを待っているようです。
隣の家の軒には、赤い提灯が飾られています。
もうすぐ、子供たちが集まってくるのでしょうか。

京都育ちの人が書いた本で、地蔵盆のことを読んだことがあります。
おそらく私と近い年代で、昭和に子供時代を過ごした人だと思います。
それによると、地蔵盆は、夏休みの終わりに行われる、子供たちにとっては楽しいイベントでした。夏休みの間、家族旅行など大きなイベントがなかった家庭の子にとっても、この地蔵盆だけは必ず訪れるイベントです。
けれど、それが終わると夏休みも終わりが近く、地蔵盆が過ぎると寂しさも感じたようなことも書かれていました。

このような季節感を感じられるイベントが、地域に残っていることは素敵なことだと思います。
私たちの日常には、こういう季節を感じられるものが、自然やイベント、食べ物なども含めて、どんどん減っている気がします。
だけど一方で、こういう残ってほしい季節感を、京都の人たちだけに求めるのも無理な気もします。現代の京都の子供たちは、地蔵盆をどのように受け止めて感じているのでしょうか。おそらく、大人になった時に、その良さや価値を実感できるのではないでしょうか。
そのようなイベントも、町内のお年寄りたちの手で守られてきたのでしょう。

残念ながら私は、予定が入っていて、地蔵盆が始まるのは見れませんでした。
ムシロの上に座っているおじいちゃん、子供たちがたくさん来て、楽しんでくれるといいですね。